このコラムは
- 40代♀
- ASD/ADHD
- 編み物歴長い割に初心者
という私、橋本陽子が編み物を色んなところでしたり
「どんな糸でどう編もう?」と迷いまくるかんじの内容です。
※2023年12月〜2024年2月にプロ奢ラレヤーさん主宰の
読書サークル「三つ星スラム」内での連載企画によって生まれたものです。
(編集部に転載の許可は得ています)
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1月5日
個人的にも、世間的にも色んなことがあった年末年始。
「いったん、心のざわざわを落ち着けよう」そう思って、
編む時間をとった。
意外に知られていないが、編み物は自律神経のバランスを整えてくれる。
規則的な動きの反復がよいらしく、ニュートラルな精神状態になりたいとき、
意識的にやるようにしている。
(どれ編もう?)
頭の中で、編みかけのものをひととおり思い浮かべる。
(そうだ、やっぱりこんなときは一番単純なやつがいい)
簡単なほうのひざかけを選び、作業開始。
テレビも音楽も消した室内。
エアコンの動作音と、かすかな編む音だけが響く。
ひと目ひと目、規則正しく編み目を積み上げていく。
モチーフ3枚分編み終える頃には、よじれたり曲がっていた心の糸も、
少しだけまっすぐに落ち着いた。
しばらくの間、習慣的に続けてみようと思った。
1月8日
先月、ヨーロッパ糸専門店で買った毛糸。
輸入ものは毛糸玉ではなく、輪っか状にしたものをねじった形態
(「カセ糸」という)で売っていることが多い。
このまま使うと、糸が絡まってしまって不便なので、
巻き取って毛糸玉にする工程が必要。
たしかに手間はかかる。
でも、ヨーロッパ糸特有のアカ抜け感や美しさに惹かれて、
つい買ってしまったのだ。
そんなわけで、巻き取るのに使う
「カセ繰り器」と「玉巻き器」を引っ張り出してきた。
その名も「くりくり」と「まきまき」。
作業部屋のテーブルにセッティング。
ねじりドーナツ状になっている糸を、輪っかの状態にして、
広げたカセ繰り器にはめ、玉巻き器で巻いていく。
ぐるぐる、ぐるぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐるぐる。
しん、と冷えた朝の空気が満ちた部屋。
控えめに糸を巻き取る音がしている。
バランスのいい形の糸玉になるよう、注意しながら巻いていく。
こういう、静かで規則的な作業。
編み物には多いのだけど、結構好きだ。
できた!
ほぉ〜我ながら、きれいな形に巻けたな。
買った当初は、ニット帽を編むつもりだったこの糸。
「でも、いい糸だからなぁ…」
何を編むか、まだまだ迷っている。
1月10日
家以外で、集中して編める場所をいくつかほしい。
でも、さすがに屋外はもう寒くて。
(どこかお店がいいな…)
ただ、ちょっと迷いもあった。
微々たるものだとは思うけれど、毛糸からホコリが立つ。
あと、なんだか「長時間居すわりますよ」という空気感が
すごく出そうで申し訳なく…
そんなわけで、飲食店で編んだことは今まで一度もなかった。
(気にしすぎなんだけどな〜、たぶん…)
無理矢理、気にしないことにしようとしても、
やっぱり気になる。
でも、どこかで編みたい。
フレッシュな気持ちで集中できる場所を、増やしたい。
(うーん…一番気をつかわなくていいのは…)
やっぱりあの店一択だ。
近くのマクドナルドに行くことに。
お昼を少し過ぎた店内。
連休最終日の親子連れ、中学生の集団、老夫婦、
マダムの集団、おひとり様…色々な人たちで、まだ混んでいた。
混んでるエリアから少し離れた席に腰を下ろし、モバイルオーダー。
注文したものが席に届くまでの間に、
カバンの中から毛糸や編み道具をがさごそと取り出す。
ややあって、店員さんが昼マックのセットを運んできてくれた。
(「コイツ、何する気やねん」と思われるかな…)
内心ちょっとビビりつつ受取り、まずはランチタイム。
腹がへっては戦はできぬ、なのだ。
ポテトをもぐもぐ頬張りながら、毛糸に目をやる。
今日進めるのは、編み方が複雑なほうのひざ掛け。
集中力がいる作品だ。
よし。
腹ごしらえ完了。
ホットコーヒーだけをそばに置き、作業開始。
相変わらず、周りからはいろんな話し声が聞こえてくる。
中学生だろうか、スマホで音楽まで流している。
集中できなさそうな環境だけれど、5分位でフローな状態に入っていく。
周りの喧騒が、聞こえたり聞こえなかったりするようになってきた。
いいぞ、このかんじ。
自分の周りだけ、フローのカーテンが引かれてるみたい。
こんな喧騒の中で、自分にしかわからない、
ちょっとした隠れ家だ。
1時間と決め、黙々と編みすすめる。
モチーフ1枚あがり。
40分かかったか…時間オーバーしてもいい、
もう1枚いっちゃおう。
と、急にフローのカーテンがパチン、と音を立てて消えた。
編む色を間違えたまま、進んでいたのに気づいたのだ。
クリーム色じゃなく、ピンクで編む部分だったのに…
一瞬にして、もとのガヤガヤとした喧騒が戻ってくる。
完全に集中力が切れてしまった。
…まぁ、仕方ないか。
また、ここで作業するかはわからない。
それでも…
(複雑な作品なのに結構集中できたやん)
ささやかな満足感とともに、
少し冷めたコーヒーを飲み、ひと息ついた。
1月14日
「自分が編み物を通してしたいこととは?」
答えのひとつがこれ。
「編み物の暖かさを知ってほしい」だ。
昭和50年代くらいまでは、
女性たちが花嫁修業の一環として編み物を習った。
家族が着るものを母が編み、それをほどいてはリサイクル。
父のセーターが息子のマフラーや帽子、
娘の毛糸のパンツに編み直されたらしい。
編み物は、大事な節約術でもあったのだ。
でも、時代が移るにつれ、編み物を習う風習はなくなった。
そして、今の時代は手編みの暖かさを知らない人もいる。
ふと思ったんだが、手編みの暖かさ知らない人のが今の時代多いんではないだろか…あなたは?
— 橋本陽子 (@yoko_spmsg) October 17, 2023
少ない人数だけど、᙭でとったアンケート結果。
回答者の2割が手編みの暖かさを知らなかった。
手編みのものは、物理的な暖かさも驚くレベルですごい。
でも私は、心も暖かくしてくれる点がすばらしいと思っている。
寒い寒い日に、手編みのマフラーや手袋をつけると、
出先でも何かに守られてる気がする。
その何かとは、編んでくれた人の愛情ともいえるだろう。
自分で編んだものなら、「セルフケアをちゃんとできている」という
満足感や至福感かもしれない。
その「何か」は、真冬の朝の「ちょっと仕事行くの辛いなぁ」
という気持ちも優しく支えてくれる。
寒い夜に家に帰るときには「今日も一日、お疲れさま」とねぎらってもくれる。
神戸は今朝、今季初めての氷点下。
手編みのひざ掛けでぬくぬくしながら、そんな手編みの心強さと優しさを想った。
1月16日
何か鬱っぽい日が多い冬。
編むペースも落ちに落ちている。
(うーん、毛糸を物色しに行きたい)
先日、YouTubeでおすすめに出てきた、
すぐ完成しそうなマフラーの編み方動画。
編んでみたい気持ちが頭の中でふくらみはじめる。
すでに編みかけの作品は5つ以上。
(これ以上増やすのもよくないんだけど…)
でも、何だか新しいものなら取り組めそうな気がするのだ。
かなり寒かったけれど、思いきって毛糸を買いに出かけた。
近くのショッピングモールの毛糸売り場。
(えーと、ふだん着てるダウンコートに合いそうな色って…)
いろんな糸を、洋服を選ぶように首のあたりに当てつつ、鏡で確認。
これはイマイチかな?意外とあっちにあった糸のほうが、似合うかも。
迷いに迷った結果、この2つをお買上げ。
それぞれ、1玉で編めるところまで試しに編んでみた後、
最終的にどちらかに決めることにした。
ショッピングモールから出ると、すでに日が暮れかけていた。
でも、心なしか、お店に入る前には身にしみた寒さがそんなに気にならない。
…うん。
やっぱりどんな糸で編むか、あれこれ迷っている時間って、色々忘れられる。
暗くて寒かった部屋に、陽がだんだんと射してくるみたい。
明るく、暖かい気持ちになれる。
こういうのを「希望」っていうのかな…大げさかな。
(まぁ、元気が出れば何でもいいのよ)
そう思い直し、買った毛糸の入ったカバンを
ホクホクした気持ちで抱え、家へと急いだ。
1月18日
先日マフラーを編もうと、あれこれ悩んで買ってきた糸。
青い糸、そしてモノトーンの糸という順番で試しに編んでみた。
葉っぱのような流線型のフォルム。
葉脈のようなスジ模様が、美しい作品なんだけれど。
(モノトーンのほう、スジ模様がうまく出ないな…)
少し編んだところで、やめてしまった。
モノトーンのほうは、「モヘア」といって、
細めの糸にふわふわの毛足がついている糸。
もうひとつの青い糸と比べると、ふわふわの毛足があるぶん、
模様がはっきり出にくい。
(モノトーンのは、別の作品に使うか…)
編地の柄じゃなく、ふわふわの毛足を楽しむような作品に向いていそうだ。
実は青いほう、編んでるときも楽しくて楽しくて。
普通の毛糸に比べると、素材感は羊毛により近い、
加工されすぎてないかんじ。
色の変化にも富んでいておもしろい。
またたく間に1玉編み終わってしまったほど。
(うーん…編み比べる前から、
実はどちらにするか決まっていたような気も…)
ふっと、苦笑いが漏れた。
好きなものって、自分自身がよく知っているからなぁ…
↓後編に続く↓